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夢見波事件

「夢見波」事件(ゆめみはじけん)は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)によるスパイ事件[1]1988年昭和63年)5月25日摘発(検挙[1]

概要

八尾恵1950年兵庫県尼崎市生まれ)は、1977年(昭和52年)2月に北朝鮮に渡り、そこでよど号ハイジャック事件1970年)実行犯の1人、柴田泰弘(1953年、神戸市生まれ)と結婚した[2]。八尾恵は、観光を兼ねた社会体制見学のため、短期滞在の予定で北京経由で北朝鮮に入国したが、彼女はそこで自身の意に反して2カ月以上軟禁状態に置かれて思想教育がなされ、同年5月に柴田と強制的に結婚させられたという[2]。彼女によれば、柴田との結婚をまったく望んでいなかったが独裁政治の下での命令は絶対であり、拒むことができなかった[2]

1978年5月6日、金正日は「日本革命に関する根本問題」(通称「日本革命テーゼ」)という文書を示して、よど号犯らに自主革命党による日本革命を指令した[3][4]よど号グループによる日本人拉致が開始したのは、これ以降である[3][注釈 1]。金正日はよど号グループのメンバーに書簡を出し、自主革命党を作ること、党員を増やすこと、そのために拉致をすることを命じた[5]。金正日は書簡のなかで、「主体的力量の準備」や「暴力革命の準備」という言葉を用いており、「主体的力量の準備」とは、よど号グループのリーダーだった田宮高麿によれば「日本革命のために作った自主革命党を発展的に成長させるためメンバーを増やさないといけない」という意味である[5]。また、「暴力革命の準備」とは、田宮によれば「自衛隊員によるクーデターなど攪乱工作の準備」という意味であった[6]

1984年夏、八尾恵はよど号グループの最高指導者、田宮高麿から「日本革命」のために日本国内で人員を集める命令を受けて帰国し、防衛大学校の学生をオルグ(組織)するため、1987年、偽名を用いて神奈川県横須賀市スナックカフェバースクエア・おんなのことおとこのこの夢見波(ゆめみは)」を開いた[1]。開店資金は、朝鮮労働党から出たものと考えられる[6][注釈 2]

夫の柴田泰弘もひそかに入国していた[6][注釈 3]1988年1月、「横須賀でスナック経営をしている女が大韓航空機爆破事件に関与している」という情報が神奈川県警察本部警備部外事課に入った。その後の調べで、彼女が1982年以降コペンハーゲンで北朝鮮の外交官と接触していたことや東ヨーロッパ共産圏での出入国記録など北朝鮮人脈との関係を示す証拠が出てきた[6][注釈 4]

夫の柴田は1988年5月6日に逮捕され、八尾恵は同年5月25日、神奈川県警察外事課により有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕された[1]。調査の結果、八尾が北朝鮮工作員と接触したことは判明したが、罰金5万円で略式命令釈放された[1][注釈 5]。八尾恵と柴田泰弘が夫婦関係にあったことは当時わかっていなかった[1][注釈 6]

脚注

注釈

  1. ^ 八尾恵は、2000年時点で金正日の「日本革命テーゼ」について文書自体は携帯していなかったが、その全文を暗記していた[4]
  2. ^ 1990年代中頃、「救う会」の西岡力が自衛隊関係者に「自衛隊の中に北のスパイが入りそうになって危なかった」と話したら、相手が「自分の防大の同期が『夢見波』というスナックに入り浸って、カウンターの中に入ってシェイカーを振っていた」と答えたことがあったという[6]
  3. ^ 柴田は、日本国内で高校生を集めて勉強会を開催し、優秀と見込んだ人物に主体思想を教え、ヨーロッパ経由で北朝鮮に送り、思想教育をほどこして日本に戻し、防衛大学校を受験するようしむけるという活動を行っていたという[6]
  4. ^ 当時は1988年ソウルオリンピックの直前であり、世界中の情報機関が北朝鮮によるテロリズムを防止するため協力していたので、欧州でキム・ユーチョルという北朝鮮工作員と行動をともにした日本人が今また日本に戻り、横須賀で活動していることが判明したので警察は八尾恵をマークするようになった[6]。八尾は、1983年8月、キム・ユーチョルの指示の下、神戸市出身で欧州で語学留学中の日本人女性有本恵子(当時23歳)を拉致した[7]
  5. ^ 当時も現在も、日本はスパイ防止法を持たないが、刑法上、敵国と内通して日本の国家安全保障を危うくする行為は外患罪としてずっと生きており、八尾をその行為に照らして外患罪で逮捕することは可能であった[6]
  6. ^ 2002年3月12日と27日、八尾恵は赤木恵美子裁判の検察側証人として東京地方裁判所の法廷に立ち、1983年の有本恵子拉致事件が自身の犯行であることを告白した[7][8]。この裁判で八尾は、よど号グループによる日本人拉致の全貌を暴露した[8]。また、有本の両親に土下座して謝り、2002年6月には文藝春秋より『謝罪します』という自身の著作を出版した[4]

出典

  1. ^ a b c d e f 高世(2002)pp.295-296
  2. ^ a b c 高世(2002)pp.258-260
  3. ^ a b 救う会 (2013年6月20日). “「よど号犯による拉致事件を考える 東京連続集会73」全記録”. 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会. 2022年2月28日閲覧。
  4. ^ a b c 救う会 (2013年6月20日). “「よど号犯による拉致事件を考える 東京連続集会73」全記録 (1)よど号犯は労働党の手先政党、自主革命党の党員を増やすために拉致”. 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会. 2022年2月28日閲覧。
  5. ^ a b 救う会 (2013年6月20日). “「よど号犯による拉致事件を考える 東京連続集会73」全記録 (2)「産経」の歴史的記事-よど号犯の拉致は金正日の命令”. 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会. 2022年2月28日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h 救う会 (2013年6月20日). “「よど号犯による拉致事件を考える 東京連続集会73」全記録 (3)よど号犯が、自衛隊員によるクーデターの準備も”. 北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会. 2022年2月28日閲覧。
  7. ^ a b 荒木(2002)pp.195-197
  8. ^ a b 高世(2002)pp.233-245

参考文献

  • 荒木和博『拉致 異常な国家の本質』勉誠出版、2005年2月。ISBN 4-585-05322-0 
  • 高世仁『拉致 北朝鮮の国家犯罪』講談社〈講談社文庫〉、2002年9月(原著1999年)。ISBN 4-06-273552-0 

関連文献

  • 外事事件研究会『戦後の外事事件―スパイ・拉致・不正輸出』東京法令出版、2007年10月。ISBN 978-4809011474 

関連項目

外部リンク

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